端午の節句

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端午の節句 端午の節句
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もうすぐ端午の節句です。
現代では「こどもの日」として祝われる5月5日は、もともとは五節句の端午の節句にあたります。

今年は新型コロナの影響で旅行やレジャーは自粛、家でゆったりすごすゴールデンウイークというご家庭がほとんどでしょう(そうであってほしいです)。

鎧兜が“身体を守る”ものという意味が重視され、交通事故や病気から大切な子どもを守ってくれるようにという願いも込めて飾ります。
ですので、今年は特に気合を入れて丁寧に端午の節句を迎えるというのはいかがでしょうか。

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端午の節句の意味

鎧や兜を飾ることは、武家社会から生まれた風習です身の安全を願って神社にお参りするときに、鎧や兜を奉納するしきたりに由来しています。

端午の「端」は「はじめ」という意味です。
そして「午」は「うま」です。
つまり5月の最初の午の日という意味になります。
午(ご)という音の響きが五(ご)に通じるため、五月五日が端午の節句として定着したというわけです。

端午の節句の意味

鯉のぼりを端午の節句に飾るようになったのは

一方、鯉のぼりの歴史は兜飾りよりは浅く、江戸時代に町人階層から生まれた節句飾りです。
鯉は清流はもちろん、池や沼でも生息することができる、非常に生命力の強い魚です。その鯉が急流をさかのぼり、竜門という滝を登ると竜になって天に登るという中国の伝説にちなみ(登竜門という言葉の由来)子どもがどんな環境にも耐え、立派な人になるようにとの立身出世を願う飾りです

鯉のぼりを端午の節句に飾るようになったのは

端午の節句の歴史

中国戦国時代の楚の詩人屈原の命日である5月5日に彼を慕う人々が彼が身を投げた汨羅江(べきらこう)にちまきを投げ入れて供養したこと、また、屈原の亡骸を魚が食らわないよう魚のえさとしたものがちまきの由来とされています。

この日を端午とする風習は、紀元前3世紀の中国、楚で始まったといわれていますので、2300年の長い歴史を持っている風習と言えます。

急に暑くなるこの時期は、昔から病気にかかりやすく、亡くなる人が多かったそうです。
その為、5月を『毒月』と呼び、厄除け・毒除けをする意味で菖蒲やヨモギ・ガジュマロの葉を門に刺し、 薬用酒や肉粽を飲食して健康増進を祈願するようになったと考えられます。

その風習は、病気や災厄(さいやく)を除ける大切な宮中行事、端午の節句となったと言われています。三国志の時代に端午の節句は、魏(ぎ)の国により旧暦五月五日に定められ、やがて日本にも伝わって行きました。

端午の節句の歴史

日本の端午の節句

日本においての端午の節句は奈良時代から始まります。

当時の日本では季節の変わり目である端午の日に、病気や災厄をさけるための行事がおこなわれていました。
この日に薬草摘みをしたり、蘭を入れた湯を浴びたり、菖蒲を浸した酒を飲んだりという風習がありました。
厄よけの菖蒲をかざり、皇族や臣下の人たちには蓬(よもぎ)などの薬草を配り、また病気や災いをもたらすとされる悪鬼を退治する意味で、馬から弓を射る儀式もおこなわれたようです。

江戸時代にはいると、5月5日は徳川幕府の重要な式日に定められ、大名や旗本が、式服で江戸城に参り、将軍にお祝いを奉じるようになりました。
また、将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝いました。

端午の節句に菖蒲湯(しょうぶ湯)に入る

端午の節句に菖蒲湯(しょうぶ湯)に入るのは

そして端午の節句にはしょうぶ湯に入りますよね。
菖蒲やそもそも薬草で、邪気を避け、悪魔を払うという昔からの信仰があり、節句にはヨモギとともに軒にさし、あるいは湯に入れて「菖蒲湯」として浴しました。
さらに「菖蒲」が「尚武(しょうぶ)」と音 が通ずるために、武士の時代になりさかんとなりました。

本来は菖蒲の「根」に血行促進や疲労回復の効果がある精油成分が多く入っているので、これらをネット等に詰めてお風呂に入れるのが一番効果があると言われています。

最近では菖蒲根がなかなか手に入りにくいので、葉を使った菖蒲湯となりますが、それでもすがすがしい香りのお湯を楽しむことができます。

そのまま湯船に入れても良いですが、より成分を抽出するには、綿の袋に菖蒲を細かく切って入れ熱湯を注ぎ10分ほど精油を抽出すると、より効果が楽しめるということです。

以上、端午の節句のお話でした。
今年はぜひおうちで端午の節句を楽しんでくださいね!

 

 

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