賞金&賞品総額500万円!!参加型謎解きイベントin中央区





中央区で現在、開催されているのが、賞金&賞品総額500万円!!参加型謎解きイベントです。

物語
銀行や郵便、自動電話交換や電気街頭、海軍、造船所に魚市場、さらにはカツカレーや人形焼き・・・。 一見なんの関連性もないように思えるこれらの用語には、1つの共通点がある。 すべて“中央区が発祥”のものなのである。
東京、そして日本の中心ともいえる中央区には、他にもさまざまな“ルーツ”が存在する。その1つが「江戸歌舞伎」である。

寛永元年(1624年)、猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が現在の日本橋と京橋の中間あたりに劇場「猿若座」(後の中村座)を建てたのがその始まりとされる。
自ら創作した舞踊『猿若』が江戸中の人気を集め、寛永9年(1633年)には幕府の御用船「安宅丸」回航の際に唄を披露し、将軍家より陣羽織を拝領している。
その後、「役者の氏神」といわれた市川団十郎や尾上菊五郎などの名優が絶大な人気を得、江戸歌舞伎は大衆文化の頂点に君臨するようになった。
さて、江戸歌舞伎黎明期について語るのはこれくらいにしておこう。
今回重要なのは、江戸歌舞伎の歴史ではなく、猿若勘三郎が将軍家より拝領した<陣羽織>なのである。 そして、その<陣羽織>に秘められた謎が解けた時、君は莫大な富を得ることになるだろう。
徳川三百年の世を築いた天下人・徳川家康が残した隠し財宝を・・・。

慶長10年(1605年)の将軍職就任からわずか2年後、家康は嫡男・秀忠にその職をゆずっている。 しかし、その後も「駿府の大御所」として実権を掌握し続けた家康は、幕府の資産とは別に莫大な財宝を個人的に所有していた。
その財宝の所在は秀忠すら知らされておらず、家康とごくわずかな側近のみの知るところであった。 そして、あの<陣羽織>こそが財宝の所在を秘密裏に記した“宝の地図”だったのである。
そのことを誰にも告げることなく、家康は元和元年(1615年)に75歳でこの世を去っている。 それから18年の時を経て、運命のいたずらか<陣羽織>は猿若勘三郎の手に渡ったわけである。もちろん勘三郎が財宝のことを知るはずもなく、<陣羽織>は戦後の混乱期に中村座から失われてしまうこととなった…。

時は流れ、2010年4月30日の閉場式をもって休館し、建て替え工事に入った歌舞伎座からあの<陣羽織>が発見されたのである。
当初は文化財として博物館に所蔵される予定だったが、その保存状態を調査していた学芸員が偶然破れた<陣羽織>の裏地の中から古い地図を発見したことで事態が一変した。地図に家康の署名と、財宝の在り処を示すと思われる謎めいた暗号が記されていたからである。
専門機関による鑑定の結果、家康の直筆であることが判明したこの古地図は、これまで数多の人々のロマンを掻き立て続けてきた徳川埋蔵金伝説に終止符を打つことになるだろう。
そして、その夢とロマンをつかみ取る当事者となるのは、君かもしれない…。

宝の地図はこちら

賞金&賞品総額500万円!!参加型謎解きイベントin中央区
参加方法
宝探しは二ステージ制になっています。

第一ステージ
区役所等で配布している参加チラシに書かれたヒントを参考に、区内6カ所に隠された宝箱を探してください。3カ所以上発見すると、第二ステージに参加できるチラシ(地図)がもらえます。さらに、6カ所すべて発見すると、参加賞(先着7,000名)と総額200万円相当の賞品が当たる抽せんに応募できます。

第二ステージ
区内8から10カ所に隠された手がかりから、宝のありかを見つけ出し、そこに記載されたキーワードを報告すると、正解者に抽せんで総額300万円相当の賞金・賞品を贈呈します。

開催期間
10月3日(月曜日)から11月30日(水曜日)

費用
無料

賞金・賞品
第一ステージ
・中央区内共通買物券
5,000円(200本)
・総額100万円分の豪華賞品 若干名

第二ステージ
・賞金 100万円(1本)
・賞金 20万円(5本)
・中央区内共通買物券 1万円(100本)

http://www.city.chuo.lg.jp/koho/231001/03_02/index.html


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